遠山川のあめのうお


あめのうおくらぶ Kim Gyoungwon


「あめのうお」、あまごの遠山郷での呼び方です。
ちなみに下伊那では「あめ」。

遠山郷で「あめのうお」は一般的にあまごの総称として使われていますが、私は違います。

私が「あめのうお」と呼ぶあまごは、遠山川で棲むわずかに残った在来、または準天然の綺麗な魚体を指します。
天然などは遠山本流域では今では皆無かも知れません、いや皆無なんでしょう。

何処かの細沢でその遺伝子は今でも伝承されていると私は信じています。 その類が遠山本流に復活する日は・・・・・、そんなことを考えながら、また夢見ながら遠山行脚の日々です。

日増しに増える釣り人、質が落ちていくマナー、それに伴ってか魚族までが煌びやかさを失っていくようでなりません。

昔から遠山川は釣り人が多かった、しかし多いと言っても都会に近い河川に比べれば楽園のような川です、そして捨てられたゴミも殆ど無く、釣り人は気持ちよく竿を振っていることでしょう。

私が「あめのうお」、と呼びたくなるようなあまごはどれだけ生息しているのでしょうか・・・・、私にはわかりません。

川があまごを育てるのなら、稚魚放流のあまごも立派に育って欲しい、そして誇りをもってあまご達が「遠山のあまご」として釣り人を魅了してほしいですね。

在来の天然あまごを守ることは今からでは間に合わないんです、人の手が入った川は遅いのです。

しかし、守るべきもの、釣り人として出来ること、考えられることは沢山あります、末永く綺麗なあまごを相手に釣りができる楽しみ方を一緒に考えてみてはどうでしょうか。

川は誰のものなのか・・・・・

誰のものでもありません、太古の時代から暮らしてきた生き物のものだと私は考えます。

そう、例えばこんな・・・。


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