『狩りの語部』 伊那の山峡より  松山 義雄/作  法政大学出版社/刊

 信州南部には、四つの山嶺が南北に走る。西から飛騨山脈、木曽谷を挟んで木曽山脈、さらなる東は天龍川の流れる伊那谷で、市や町が幾つか並ぶ。その台地を西に見おろす伊那山地と赤石山脈(南アルプス)の谷あいに、本書の主たる舞台三峰川(みぶがわ)谷・小渋(こしぶ)谷・遠山谷が連なるのである。

 2000メートル近い伊那山地と3000メートル以上の高峰ひしめく南アルプス。そのはざまの三つの峡谷は、勾配45度近い谷の底に清冽な川が流れる里山である。山に川に無数の生きものが息づき、里びとに日常の糧を与えて来た。『狩りの語部・正続3冊』は、その人と生きものたちの営みを、猟師たちからの聞き書きで誌す正確な記録であり、動植物誌である。

 里びとと関わる熊猪鹿兎、猿羚羊(にく)鷲鷹。蛇から渓流のアメノウオに至るまで、彼らが棲む場所の植生はもとより里の伝承を混えてその生態を解きあかす語りくちは、読むものを引きつける力がある。

 栗の実を食べる熊は、一粒の中味をくり抜き食べて皮を捨てるが、それを落果と信じて猟師が拾う程巧みに剥いてある。穴籠りを終えて外へ出た熊は、「足がため」が済まぬ前に猟師に狙われ、足裏の弱さから逃げられず撃たれるという。焼畑荒らしの猪を寄せつけない悪臭を工夫する山の民。猪追い小屋に狼が暴れこみ、老農夫を食い殺してから、小屋を二階建てにした話など、話題は尽きないが、あとがきで著者がいうように、動物の習性・生態が沢山描かれていても、それが主題ではない。

 著者はいう。動物と人間とはどんな対立関係・依存関係にあったのかを探り、環境破壊や汚染が乱舞する現在の日本において、人間と動物が共存できる限界を明らかにするそのときこそ、この山の語部たちの証言をとりあげてほしいと。

 本書の中で、日本狼の減少絶滅は、山地の焼畑面積の減少に比例していると著者は指摘している。今、識者が憂えているのは、里山の衰退荒廃であるが、これがどのような環境の変化や動植物相の変異に繋がるのか、一考を要する。そしてまた、問題となっている林業農業と動物保護との関連にも、本書の山の語部たちの知恵がもっと活かされてよいのではないかと思うのである。
(Y.Y)


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